オーディオインターフェースを買ったらDAWが付いてきた、でもASMRの整音となると何をどうすればいいのか分からない。そういう配信者の方に向けて、実際の手順をそのまま追いかけながら書いていきます。
収録/編集に使うDAWソフトウェア
「Performer Lite」は、MOTUのオーディオインターフェースを買うと無料で使えるDAWです。単体では市販されておらず、MOTU M2やM4、UltraLite mk5といったハードウェア製品を購入すると無償で提供されます。中身はプロ仕様のDAWソフトウェア「Digital Performer」がベースで、画面もメニューもシンプルに整理されているので、録音からMIDI編集、ミックス、書き出しまでを一つのソフトで完結できます。
トラック数が16個までという制限こそありますが、そもそもが本格的なDAWなので音の品質は折り紙付きですし、サードパーティ製のプラグインも問題なく挿せます。ASMRは声とマイク周りの環境音が主役で、何十トラックも重ねるようなジャンルではありません。だから16という上限が壁になることはまず無いと考えていいでしょう。しかも高品質なプラグインが最初から入っているので、整音に必要な道具はインストールした時点で揃っています。
ここで念のために触れておくと、この記事で言う”ASMR”とは、人間の耳の形を模したバイノーラルマイクで録った音声のことを指します。ダミーヘッド型のマイクなどです。狙いは、リスナーがヘッドホンで聴いたときに、まるでその場に居合わせているかのような立体感と距離感を届けること。この生々しさをいかに壊さずに整えるか、そこがASMR整音の肝です。
ヘッドホンで仕上げる
今回はスピーカーを使わず、M2のヘッドホンアンプでモニターしながら音声を仕上げました。バイノーラルの音は、左右のわずかな位相差や空間の情報がすべてです。部屋鳴りが混ざるスピーカーで判断するより、リスナーと同じヘッドホンで聴いたほうが、当然ながら正確に音を追い込めます。M2のヘッドホン出力は解像度が高く、超低域の被りや小さなノイズまでよく見えるので、この用途とは相性が良いです。ASMRを仕上げるなら、素直にヘッドホンをおすすめします。

音楽のミックスとはそもそも考え方が違う
作業に入る前に、一番大事な前提を書いておきます。ASMRの整音は、音楽のミックスとは向かっている方向が違います。楽曲のようにダイナミクスをがっつり詰めたり、EQで音を積極的に作り込んだりすると、ASMRの命である生感が抜け落ちてしまうのです。とはいえ、録ったものに一切手を入れなければ、耳に刺さる箇所や不自然に飛び出した音がそのまま残る。なので、目指すのは、生感を保ったまま、聴き苦しいところだけを丁寧に取り除くこと。EQもコンプも、この一点のために使います。ここを取り違えると、いくら丁寧に処理しても違和感のある音になってしまいます。
まず手を付けたのは、飛び抜けて大きい音の処理でした。今回の収録には、炭酸水を開ける「プシュッ」と、M2を箱から出すときの「ガサゴソ」が、かなりの音量で入っていました。ささやき声や細かな環境音に耳を合わせて聴いていると、この瞬間だけ音量差が極端になります。そのまま出せば、リスナーの耳を不意打ちすることになります。こういう突出は、コンプで全体をまとめて叩くのではなく、その箇所だけを手作業でならすのが正解です。Performer Liteはシーケンスエディタ上で、問題の部分をクリップ(サウンドバイト)として分割し、そのクリップだけゲインを個別に下げられます。分割した継ぎ目は波形が途切れてプチッというクリックが出やすいので、境界にクロスフェードをかけて滑らかにつなぎました。全体のダイナミクスには指一本触れていない。だから生感を保ったまま、事故になりそうな一瞬だけを抑えられるわけです。

EQは広く、浅く
飛び出した音量をならしたら、次はEQでローカットをかけます。今回は一般的なオフィスで録ったので、狙いは主に超低域のサブソニックノイズの整理でした。空調の唸り、外からの振動、それにDCオフセット由来の直流成分。このあたりは耳には聞こえませんが、放っておくと波形を無駄に上下させ、音全体をうっすら濁らせます。設定は28Hzから、スロープは-12dB/oct。

ここで気をつけたいのが、カットする周波数を上げすぎないことです。ローカットのポイントが高いと、バイノーラルで生々しさや距離感を生んでいる低域まで一緒に削れてしまい、没入感がすっと消えます。なので本当に必要な最低限にとどめる。スロープも6dBか12dB/oct程度の緩やかなものに抑えておくのがいいでしょう。ASMRで低域を急な傾斜でばっさり落として得することは、経験上ほとんどありません。
本体のEQに移っても、方針は変わりません。広く、浅く。Qをきつく絞って一点を狙い撃つ、みたいな処理は基本的にほとんどしません(明らかな電源ノイズなどを除去する目的は除く)。刺さる帯域を外科手術で切除するのではなく、広めの範囲を軽くなだめてやる感覚。ここで頼りになるのが、付属するMasterWorks EQのフィルタータイプです。このEQは各バンドに四つのタイプを持っています。
Type Iは、GainとQの相互作用がもっとも少なく、精度が高いです。滑らかでモダンな効きで、ピンポイントの補正に向いています。Type IIは、ブーストしてもカットしてもQが一定に保たれるコンスタントQ。Type IIIになると、Gainを持ち上げるほどQが自然に狭まっていきます。多くの人気EQと同じ動きですね。そしてType IVは、そのIIIをさらに突き詰めたもの。Gainを動かしてもレスポンスカーブの下側の面積が極力変わらないように、QとGainが強く連動します。音全体の質感をさりげなく変えたいときに向いた挙動です。
この「面積を保ちながら、広く、さりげなく効く」というType IV、そしてIIIの性格は、ASMRで求める広く浅くという発想とそのまま重なります。だから、切れ味の鋭いType Iよりも、今回のような素材ではIIIやIVで調整しました。
コンプは、問題のある帯域だけを浅く
EQを終えたら、コンプレッサーです。今回のMW Compressorは三バンドのマルチバンド仕様で、これがASMRではかなり効いてきます。楽曲のミックスのように一つのコンプで全帯域をまとめて処理すると、どうしてもダイナミクスが平らになって生感が逃げる。バンドで分けてやれば、問題を抱えた帯域だけを、それぞれ最小限の量で狙い撃てます。今回はクロスオーバーを180Hzと6.2kHzに置いて、低・中・高の三つに割りました。

いちばん仕事をさせているのは高域です。6.2kHzから上を担当させて、スレッショルドを-18dB、レシオは2.0。ASMRで耳に刺さってくる成分(息のこすれ、リップノイズの尖り、高い金属質なピーク)はこの帯域に集まります。だからここをいちばん確実になだめる。とはいえリリースは100msと長めに取って、抑えたあとの戻りが不自然にならないようにしています。中域は声とささやきの芯にあたる大切な帯域なので、同じスレッショルド-18dBでもレシオは1.5どまり。ごく軽くまとめる程度に留めました。音楽のように4:1や8:1など、積極的な音作りをするレシオ設定はほぼ使いません。
そして低域、180Hzから下は、ほとんど手を付けていません。スレッショルドを-6dBと高めに置き、レシオも1.07。効いているのか耳では判別しづらいくらいの浅さです。この帯域はバイノーラルの距離感や空気感、その場の生々しさを支えている部分なので、下手に潰すと没入感が抜ける。だから飛び抜けた瞬間だけをわずかに触る程度に留めて、ほぼ素通しさせています。
もうひとつ意識したのが、アタックを3バンドとも10msに揃えて、あえて速くしすぎていないことです。アタックを詰めすぎると、タッピングや口元の音といった立ち上がりの成分まで削れてしまう。ASMR特有の、指先や息づかいがすぐそこにあるような手触りは、まさにその立ち上がりが担っています。だから立ち上がりは通す。飛び出た部分だけを浅く押さえる。入力段で+6dB持ち上げているのは、ささやき中心で全体のレベルが低いぶん、コンプに素材を適切に送り込むための調整です。出力は0dB、ゲイン補正も触っていません。
リミッターは、音圧を稼ぐためのものではない
最後にMasterトラックへ挿したMW Limiterですが、ここで絶対にやってはいけないのが、音楽のマスタリングの感覚で音圧を稼ぐことです。ASMRは静けさそのものが作品です。リミッターで持ち上げて音を詰め込んだ瞬間に、繊細さも親密さも消えてしまう。
だから今回の役割は、あくまで安全弁でした。スレッショルドを-1.5dB、天井にあたる最大レベルを-1.0dBに設定。ルックアヘッドは5ms、リリースは100ms。出力は24bitで、ディザとノイズシェープはオフです。スレッショルドに対して天井がすぐ上にあるので、実際に引っかかるのは飛び抜けたごく一部のピークだけ。音圧を上げるためではなく、不意の突出でクリップさせないため、そして出力の上限を-1.0dBFSに揃えるために置いています。天井を0dBちょうどにせず-1.0dBまで余裕を残したのは、YouTubeなどでAACに変換される段で生じるインターサンプルピークに歪まされないための保険です。ディザを切っているのは、今回が24bit出力だからです。もし最終的に16bitで書き出すなら、量子化ノイズを抑えるためにディザはオンにします。ビット深度を落とさない今回は、必要ない、という判断でした。

仕上がりを振り返って
こうして並べてみると、ASMRの整音でやっていることは、最初から最後まで一貫しています。飛び出した音はクリップゲインで手作業でならし、EQは広く浅く、コンプはマルチバンドで問題の帯域だけを浅く、リミッターは安全弁。すべてが、生感を残したまま聴き苦しいところだけを取り除く、というただ一つの目的に向いています。音を積極的に作り込むのではなく、素材がもともと持っている立体感と距離感を邪魔しないように、引き算で整えていく。そういう作業だと捉えてもらえるといいと思います。
そしてそれを、MOTU M2と無料のPerformer Liteだけで、収録から完パケまで最後まで通せました。MasterWorksシリーズのEQもコンプもリミッターも、中身は本格的なプロ品質のプラグインです。ASMRの整音に要る処理は、これだけで十分にまかなえてしまう。オーディオインターフェースを買ったらDAWが付いてきた、というその手元の環境で、そのままASMR制作に踏み出せるはずです。











