今回はコロナ禍以降増えつつある、インターネット配信をしているDJのみなさまに向けて、2024年10月に発売されたDJミキサー・ALLEN&HEATH「XONE:92 Mk2」の活用例をご紹介するとともに、使用した感想をお届けします。
当ページの目次
XONE:92 Mk2について
XONE:92 Mk2の先代であるXONE:92は、UKのミキシングコンソールの老舗であるALLEN&HEATHから2004年に発売され、DJミキサーのスタンダードのひとつとして世界中のクラブで今でも愛されているアナログDJミキサーの名作です。そのXONE:92が20年の時を経て、音質・操作性の面でアップデートされ、2024年10月に「Mk2」の名を冠して生まれ変わりました。
その歴史的なアウトラインや操作レビューなどはわたしのYouTubeチャンネルでもご紹介しています。ぜひ本記事とあわせてご覧ください。
なぜ配信にハイエンドミキサーを使うのか
そもそもなぜわたしのような配信をおもな活動にしているDJがXONE:92 Mk2のようなハイエンドミキサーを使おうとするのか。それはやはり配信といえども妥協したくない音質面からアドバンテージを得たいためです。
インターネット配信に乗せる時点で音質にこだわっても意味がないのでは? という疑問もあるかもしれませんが、現在TwitchやVRChatへの音声配信は320kbpsという高いビットレートで送信されることが標準的になっています。十分に出音にこだわる意味はあるのではないかと思います。
当然のことながら、DJ配信の音質は最終的にはリスナー側の環境に左右されるものです。しかし音楽のリスニングでもゲームでも、しっかりいい音を聴きたいと思ってPCまわりの音響を整えているリスナーさんはいらっしゃいます。そうした方々にできるかぎり心地よい音でオススメの音楽を届けたい、それはDJであればリアルの現場であろうと配信であろうと同じだと思います。
とくにわたしが扱うハウスミュージック(やテクノミュージック)のリスナー・DJは出音の音質にも一家言持っている方も多いもの。なおさらミキサーにはこだわりたい! という方は多いのではないでしょうか。
またわたしの場合はミキサーを通した出音をローカルで録音し、イベント後にアーカイブ映像と合わせてYouTubeにアップロードしたりします。ローカルでの録音が高品質であれば、それだけアーカイブ動画の音質も上がる! わたしはそう思っています。
日頃はVRChatやclusterなどのVR世界でハウスDJをしています(Photo: ルシャナルーさん)
VR / 配信サービスへの音声送出と機材構成
前置きはこれくらいにしておいて、わたしの自宅での機材構成をご紹介します。
基本的にはDJ用のMac(rekordboxがインストールされてます)と、VRプレイ・音声(および映像)配信用を兼ねたゲーミングPCのマシン2台構成です。
今回はVRChatへの配信を前提に記述していきますが、基本的にはTwitchやYouTubeへの配信と同じく、OBS等を使って音楽をVR空間内に設置されたストリーミングプレイヤーに向けて配信しています。「VRChat」の部分をお好きな配信サービスに読み替えてもらえれば、ほとんど問題はないと思います(clusterの場合はOBSを経ずにアプリ内に用意された「サブ音声」という機能を用いて配信をしますが、こちらも基本的な構造は同じです)。
通常はDJ用Macに、rekordbox対応DJコントローラー(Pioneer DJ DDJ-1000)を接続し、そのコントローラーをオーディオインターフェイスとして配信用PCに音を流す流れとなっています。
従来のルーティング
しかし今回はミキサーとしてXONE:92 Mk2を使用するため、DJコントローラー内蔵のオーディオインターフェイスを使用せず、ただ2台のプレイヤーとしてrekordboxおよびDJコントローラーを使用するセッティングとしています。
XONE:92 Mk2およびMOTU M4を使ったルーティング
DJコントローラー使いでも外部ミキサーは使用できる
配信DJの方は、DJコントローラーとDJ用のPC / Mac(以下DJ用PCとします)にインストールしたDJソフト(rekordbox / Traktor / Serato など)を接続する、いわゆるPCDJスタイルの方が多いかと思います。
DJコントローラーを使っているのに、XONE:92 Mk2などの外部ミキサーを使えるの? という疑問が聞こえてきそうですが、最低4つの出力を備えたオーディオインターフェイス(以下オーディオIOとします)さえあれば、それほど難しくはありません。ここではわたしの使っているrekordboxの設定を例に手順を説明します。
1 . まずはrekordboxとDJコントローラーが接続されている状態から始めます。
2 . オーディオIOをDJ用PCに接続します。必要であればドライバをインストールし、DJ用PCがオーディオIOを認識することを確認してください。なおここではオーディオIOにMOTU M4を使用しています。
3 . つづいてオーディオIOのOUT1/2、そしてOUT3/4(ここはオーディオIOによって呼称が様々になります)をそれぞれ、XONE:92 Mk2のお好きなチャンネルのLine Inに接続します(Phonoに接続しないよう注意してください)。
4 . rekordboxの設定 / [オーディオ]で、出力先をDJコントローラーから、先ほど接続したオーディオIO(わたしの例だと DDJ-1000 から M4)に変更します。(※)
5 . 同じ画面で[ミキサーモード]を「エクスターナル」にします。
6 . さらに同じ画面の[出力チャンネル]で[OUTPUT Deck1]の L/R に Out1 / Out2 を割り当て、[OUTPUT Deck2]の L/R に Out3 / Out4 を割り当てます(Out1〜4の名称は使用するオーディオIOによって異なります)。
7 . さっそくrekordboxのデッキ1で音楽を再生してみましょう! オーディオIOのOut1 / 2から音声が出力されていれば成功です。そのままオーディオIOを通じて、XONE:92 Mk2に信号が入力されているかを確認してください。もし入力されない場合はオーディオIOの出力ゲインが小さくなっていないか、またXONE:92 Mk2側のチャンネルソースがPH(Phono)になっていないかを確認してください。
8 . 同じくデッキ2で音楽を再生して、XONE:92 Mk2の意図したチャンネルに信号が入力されるかを確認してください。
※ rekordboxは対応DJコントローラーを接続すると、出力先を強制的に対応コントローラーに変更します。rekordboxの起動などのたびに、オーディオの出力先を指定のオーディオIOに変更する必要があります。なお、ミキサーモードや出力チャンネルなどの設定は改めて設定しなくても大丈夫です。
参考にした記事
このセクションで書かれているセッティングはハウスDJ・coolsurfさんが書かれたこちらの記事を参考にして組んだものです。
https://note.com/coolsurf/n/ndd26061bbec0?sub_rt=share_sb
💡オーディオIOなしでいくなら、XONE:96もあり!
なおXONE:92 Mk2の姉妹機にあたるXONE:96はオーディオIOを内蔵しており、USBを通じて直接PCと接続、DJソフトからデッキごとの出音を取り込むことができます。その分スリムな構成にできるので、そちらもオススメです(ただしXONE:96はXONE:92 Mk2に比べて標準価格で9万円ほどお高いので、そこはお財布と相談となります)。
ミキサーからの出音・モニターはどうするか〜VRChatの場合
ミキサーからの出音信号は、外部入力としてDJコントローラーの任意のチャンネルに戻しています。これはDJコントローラーを使用してDJする場合とXONE:92 Mk2を使用してDJする場合を容易に切り替えることができるようにするためです。
せっかくXONE:92 Mk2を使用してるのにDJコントローラーを通してしまうと、アナログミキサーの特徴を潰してしまうのでは……と心配される方もいるでしょうが、少なくともDJコントローラーの外部入力を通しても、XONE:92のミックスサミングの性能は十分に発揮されていました。
XONE:92 Mk2からの出音は、配信用PCに接続した別のオーディオIOに入力され、その後ミキサーアプリであるVoicemeeter Bananaを経由してOBSに到達、OBSからVRChat(正確には、VR世界に音を配信する仕組みであるTopazChatやVRCDN)に向けて配信されます。
Voicemeeter Bananaと外部ミニミキサーの役割
配信用PCの中でVoicemeeter Bananaを経由するのは、DJの出音の他にもボイスチェンジャーを通したわたしの声や、PC内の任意の音を、適切な音量バランスで配信に乗せる必要があるためです(わたしは雑談配信やゲーム配信もやっています)。
またDiscordでスタッフさんと音声でやりとりしながら配信する場合もありますし、当然のことながらrekordboxからの出音・キューのためのモニター音、VRChatから聞こえる声や音などをモニタリングする必要があります(わたしは配信環境的に空気中に大きな音を流せないので、すべてをひとつのヘッドフォンに集約して聞いています)。
その音声のルーティングのためにも、配信用PCを出入りする音を交通整理する必要があり、そのためにVoicemeeter Bananaが必要になっています。さらにVoicemeeter Bananaでまとめた音は再び配信用オーディオIOを経て外部のモニター用物理ミニミキサーに出し、そこからヘッドフォンでモニタリングをしています。このあたりの設定の話は細かくなりすぎるので省略します(上のルーティング図で概要が分かるようにしています)。
XONE:92 Mk2、実際に配信につかってみて
先日VRChatにて実際にXONE:92 Mk2を使ってDJパフォーマンスをする機会がありました。細かい使用感は冒頭にご紹介したYouTube動画を見ていただくとわかりやすいですが、こちらにも書いておこうと思います。
今夜はこちら#FridayHouseCruise at Bar Contrastさんにお邪魔させていただきました
つむぎさんには珍しくのお手元を映しながらのDJで、気持ちの良いfunkyでsoulfullなハウスなど聴かせていただきました🥳
めちゃかっこよかったー!#つむぎのDJ#VRChat pic.twitter.com/gSsfdCKQR7— ルシャナルー(るしゃ) (@rushanaruu) November 8, 2024
出音について
わたしは配信に乗る直前の音(配信用PCに接続したオーディオIOからモニタリング用ミキサーを経由した音)をヘッドフォンでモニターしているのですが、やはりXONE:92 Mk2を通した音は、これまで使っていたDJコントローラー経由の音とは異なっていると思います。
具体的には低音域が押し出され・キックやスネア・クラップの輪郭がハッキリした印象があります。またハイハットの響きがマイルドになった印象を受けました。結果としてメリハリの効いたグルーヴ感を感じることができました。トータルの印象としては家で音を聴いているのに「クラブで聞くような四つ打ちの音に近づいた」感があります。
これはXONE:92 Mk2がアナログミキサーであるがゆえのサチュレーション(アナログアンプ・ミキサーを通した時に生じる独特の音質の変化)の影響と思われます。
ここではデジタル/アナログの良し悪しや好みを語るつもりはないのですが、XONE:92がこれまでの20年、特にテクノ・ハウスの現場で広く使われてきた事実を思えば、多くのテクノ・ハウスDJ/リスナーにとって「現場っぽい響き・馴染みのある響き」と感じることは不思議なことではないと思います。
操作感について
チャンネルフェーダー(縦フェーダー)
若干軽く感じますが、ストロークの溝の下に見えるのが金属で、かなり堅牢な印象があるフェーダーです。ストロークの上端・下端に当たった時の感触がマイルドで、カチカチ音がしません。
なによりも他のミキサーと異なるのがストロークの長さ。少し慣れがいりますが、多くのハウスやテクノのDJのように、徐々に音量を上げ下げしながらロングミックスを通じてグルーヴをコントロールするのに適した設計になっていると思います。
オリジナルのXONE:92にはなかったアップデート要素として、チャンネルカーブの切替スイッチ(3パターン)が新しく搭載されています。XONEシリーズといえば70%くらいから急峻に音量が上がるカーブなのですが、これに限らず様々なDJの好みに応える良アップデートだと思います。
イコライザー(EQ)
XONEシリーズの特徴である4バンドEQ。他のDJミキサー(High / Mid / Lowの3バンドのものがほとんど)に比べて、細かい帯域をいじることができますので、たとえばピアノの音だけ絞りたい、ベースの高音成分だけじわじわ上げていきたい、コーラスの男声成分だけ押し出したい……といったピンポイントのパートの強調・減衰をコントロールできます。
特にミックス中に、かなり選択的に音を強調したり抑えたりできるのはXONEならではの体験と言えそうです。
ノブは若干小さく、VRコントローラーを持ちながらの操作にはちょっと不便を感じますが、最近はコントローラーから手を離してVRDJができる技術もいろいろ出てきてますので、これは時間とともに不便ではなくなっていくのではないでしょうか。
クロスフェーダー
クロスフェーダーはXONE:96と同じInnoFaderにリプレースされました。縦フェーダー同様の軽めのタッチながら堅牢性を感じさせる作りです。フェーダーカーブはかなり柔軟に設定できるようになっており、滑らかなクロスフェードから、スクラッチ仕様のカリッカリ設定までしっかり対応しています。
ボタン
ストロークが深めのボタンで、昨今主流のクリック感重視・浅めのボタンとはちょっと雰囲気が異なります。
個人的には「押した感」があって好きです。プレイヤーのPlay / CUEボタンのようなタイミングがシビアなボタンは浅めの方がいいですが、ミキサーのボタンにはそこまでシビアなタイミングは求めないですし。
フィルター
2004年発売当時、XONE:92が売れた理由のひとつが特色あるフィルターでした。ハイパスフィルター / バンドパスフィルター / ローパスフィルターの3種を備えていることはもちろん、フィルターのモコモコ音(レゾナンス)の大きさの調整ができるようになっています。
リズムに合わせて自動的にフィルターのかかり具合を波のように上げ下げできるLFOも魅力的です。
ハウスDJは一般的にアイソレーターを使ったパフォーマンスをよく行いますが、それとは別に、このXONEのフィルターを用いたパフォーマンスもまた強力な武器になると思います。
なおアイソレーターやエフェクターは内蔵されてません。でもセンド/リターンはしっかり用意されてますので、必要に応じて外付けするのは容易です。
モニター
わたしのような出音もモニターもひとつのヘッドフォンで聴く配信DJにとって、ちょっと難関になったのはモニターまわりの仕様でした。XONE:92、そしてMk2は各チャンネルのキューボタンがまったく押されていないときに、無音でなく、マスターの出音をモニターヘッドフォンに出力します。
つまり、出音もモニターもひとつのヘッドフォンで聴く環境の場合、キューボタンが押されていないときにはマスターの出音 + モニターの出音が重なり、二重に音が聞こえる結果になります(一般的なクラブでのDJのように、出音をスピーカーで聴きながらヘッドフォンはモニターするときだけ耳に当てるなら問題はありません)。
わたしは次の曲のモニターをするときだけ、モニターヘッドフォンのボリュームを上げる(それ以外のときは0にする)ことで対処してます。
「20年の伝統と哲学をそのまま引き継ぐ最新製品」という魅力
ここまで、わたし音鳴つむぎのXONE:92 Mk2のセッティング事例とさわってみての感想をお伝えしました。最後にすこしポエムめいた文章を……。
1994年、CDJの登場から現代に至るまで、デジタル化の波にさらされ栄枯盛衰が続くDJ機器の世界の中で、20年のレガシーを打ち立て、そしてまた新しい歴史を切り拓こうとするXONE:92は、Mk2のリリースによってさらに独特なポジションに辿り着いたと言えます。
廃番となりヴィンテージ化したミキサーもまた貴重で魅力的な存在ではありますが、伝統となりながら、あくまで現役を貫くその姿勢にも、わたしは美しさを感じます。
素晴らしい音、操作感、それらはもちろんミキサー選びにとても重要なことですが、なによりわたしたちDJがあるプロダクトに魅せられるときというのは、そのプロダクトに宿る哲学や歴史の強さ・美しさに触れたときなのではないでしょうか。
XONE:92 Mk2はそんなDJたちの情熱に応える歴史と哲学と確かな性能、そして現役の最新製品であるがゆえの扱いやすさ・メンテナンスのしやすさも兼ね備えた素晴らしいプロダクトだと思います。
そのちょっと無骨でずっしり重みのある機体を手にしたとき、そこから流れ出る音を聴いたとき、あなたの気持ちは少しだけ動くかもしれません(わたしは動きました)。
XONE:92 Mk2とあなたとの出会いが素晴らしいものでありますように。
最後までお読みいただき、ありがとうございました! YouTubeチャンネル登録もよろしくお願いします!
音鳴つむぎ(ハウスDJ系VTuber / VRDJ)
2021年9月から活動している「ハウスDJ系」VTuber / VRDJ。VRChatやclusterなどのメタバースでDJ活動をしながら、Twitchでの配信、YouTubeでのアーカイブ動画公開・雑談配信・ゲーム配信なども行なっている。またXアカウントでは音楽やメタバースに関する情報から日常のつぶやきまで幅広い内容を発信中。
活動の目標はハウスミュージックを一緒に楽しんでくれるお友達をたくさんつくること。
YouTube : https://www.youtube.com/@dj_tsumugi
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