今回は私が普段使用しているMOTU UltraLite mk5とそのミキサーアプリCueMix 5をVRChatでのDJ配信の構築に活用している理由と、独自の利点について紹介いたします。
1.“フロアへ届く音を聞く” VRDJ・配信DJでオーディオインターフェースを使う意味
この記事ではVRChatでの配信を想定して解説していますが、前提としてVRChatやClusterといったVR SNS、TwitchやYouTubeでのVRDJパフォーマンス、DJライブは全てOBS等のライブストリーミングアプリケーションによるライブストリームで音声や映像を送信します。
そして、VRChatのPCクライアントは、PCに送る音声チャンネルとして会話用のモノラル・低音質のマイク入力しか存在していないことに留意しましょう。そのために、VRChat上でのライブやDJを配信するには、VR空間上にあるライブハウス / クラブの中に設置されているライブストリーム、再生可能なビデオライブストリームプレイヤーを活用します。
具体的には、OBSでライブストリームを起動し、それをVR空間内のストリームプレイヤーで受信します。それがVR空間内の3Dオーディオを通して再生される仕組みとなります。
演奏ライブやDJ配信をするパフォーマーは自身の音や映像をライブストリームで打ち上げる必要が有り、トップシェアであるOBSが活用されているため、ここではOBSを用いた紹介をいたします。
OBSへの音声の取り込みは大きく分けて2種類の方法が有ります。
1.OBSのβ機能であるアプリケーション音声キャプチャ、或いはVoiceMeter Banana等を使用し、PC上で走るDJアプリケーションの再生音をPC内の仮想ミキサーで仮想入力する方法
2.DJミキサーやDJコントローラのメインアウト(アナログ出力)をオーディオインターフェースへ接続し入力する方法
Fig.1はインターフェース等のハードウェアを必要としない為お手軽ですが、私は以下の点からFig.2の構成を薦めています。
1つは負荷の分散。Fig.1はPC内で音声を取りまわす都合、配信アプリケーションとDJアプリケーションを同一のPCで行う必要が有りますが、DJソフトウェアはPCへの負荷が高い事や、現場での出演が有るDJはDJ用のラップトップを使用している為そもそもPCを一台に纏められないケースが有ります。
そしてもう1つの理由が「メインアウトのモニタリング」です。DJブースの環境構築に「DJミックスのメインアウトをスピーカーでモニターする」事が推奨されます。
これはDJミキサーや*DJコントローラー(*以下では便宜上、表記をDJミキサーに統合)のヘッドホンモニターの出力とメインアウト出力の音質に大きく違いがあること、そしてフロアでの音鳴りを意識しながらヘッドホンでのモニター精度を向上させることが理由として挙げられます。ですが、現実のフロアと異なりVRDJの現場では再生音がストリーム経由で遅延する為「フロアの出音」をリアルタイムでモニターする事が出来ません。VRプラットフォームに配信される遅延した出力と、手元のDJミキサーのCUEモニターを聞きながらミックスすることは事実上不可能です。VRChatでは海外シーン含む主流のストリームサービスとしてVRCDN、国内シーンではTopazChatと呼ばれるrtsptストリーミングが使用されますが、どちらも現実のDJブースからVRChat内のクラブでの音の再生までに3~10秒程度の遅延が発生するためです。
こうした事情から多くのVRDJは、DJミキサーのヘッドホンアウト機能であるCUE / MainのバランスをMainに振り切ってメインアウトをモニターしている事が多いようです。もちろんメインアウトをスピーカーに接続して、現実のブースモニターと同じような手段も存在しますが、VRクラブの観客の多くはVR HMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)のヘッドホン・イヤホンを使用している事が多い為、観客とのリファレンス環境を揃える事や音量事情を考えるとDJ自身もヘッドホンでのモニターすることが多くなります。
そこでFig.2の様にオーディオインターフェースを用意して、この要件をクリアさせます。DJミキサーのメインアウトをインターフェースの入力に接続し、インターフェースのヘッドホンアウトからDJミキサーのメインアウトをモニタリングする事ができるようになります。これにより「配信される音」を確認できます。
とりわけ複数のデッキをミックスしている時、DJミキサーのヘッドホンアウトとメインアウトではかなり出音が異なりますので、スクラッチプレイやロングミックスを行うVRDJの方には重要になります。
何よりフロアへ届く寸前の音をモニターできている事は大事です。Fig.1ではPC内での仮想ミキサーがコケていても気づけませんし、Windowsオーディオカーネルを介した仮想ミキサーは遅延する為OBSでモニタリングも出来ません。
こうした点からもオーディオインターフェースを使用する事にはメリットが有ります。
DJミキサーのメインアウトをインターフェースに入力し、DAWやプラグインでリバーブやコンプレッサー、EQ処理を施すことでVRクラブ内で箱鳴り感を出すためのアプローチも可能になります。
VRChatでDJパフォーマンスをするMazzn1987
2.“複数の入力を一つのヘッドフォンで聴く” – Ultralite mk5 とCueMix 5 の活用
Fig.2の場合、VRDJがプレイ中に聴きたい音と、その物理的な出口は下記の3つが挙げられます。
1.DJメインアウト → インターフェースのヘッドホンアウト
2.DJのチャンネルCUE → DJミキサー or コントローラーのヘッドホンアウト
3.VRChatの観客の声 → VRPCのデスクトップオーディオ
これらのオーディオアウトは異なるソースとなっている為、VRDJの中には2.のCUEモニターをイヤホン、そしてメインアウトモニターをヘッドホンとして重ねて装着しているユーザーも居ますが、Ultralite mk5を使用する事でこれを1つのヘッドフォンに纏めることが出来ます。
Fig.3ではDJミキサーのCUEアウトもインターフェースの入力に接続しています。
Mazzn1987が扱う機器の接続図
一般的なインターフェースでは、入力ソース全てが一つのループバックに纏まってしまう為、このような接続にするとCUEモニターの音も配信に乗ってしまいますが、MOTU Ultralite mk5ではこれを回避した活用が可能です。
Ultralite mk5には本体にデジタルミキサーが内蔵され、そのオペレーティングアプリケーションであるCueMix 5を使用して最適な設定を構築します(製品オーナー向けにフリーダウンロード提供)。
CueMix 5では、Main 1-2 / Phones 1-2 / Line 3-4 / Line 5-6 / Line 7-8 / LoopBack 9-10 の合計6系統のステレオミックスを作成できます。
CueMix 5ループバックの設定
CueMix 5ループバックのモニターミックス
配信に乗せるループバックにはDJミキサーのメインアウトを接続しているLine in 3-4とMC用マイクを接続したMic in 1の入力をミックス。
モニタリング用のPhones Out 1-2へはループバックでミックスしているチャンネルに加え、更にDJミキサーのCUEヘッドホンアウトから 接続しているLine In 7-8、そしてVRChatの観客の声であるデスクトップオーディオのPC Main Out(CueMixのComputer USBチャンネル)をミックスする事で、前述したVRDJプレイ中にモニターしたい3系統の入力を全てUltralite mk5のPHONES端子に接続した一系統のヘッドホンで聴く事ができます。
VRDJはMETA Quest3のようなVR HMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)を装着している為、HMD以外に頭に装着するヘッドホンを1つに纏められることは大きな利点になります。
また、配信用のループバックにWindowsのデスクトップオーディオをいつでもワンクリックでミックスできる事はVゲーム配信等にも非常に便利な機能となります。
3.“2系統2重のループバック” – CueMix 5 と Ultralite mk5 のフル活用
CueMix 5とUltraLite mk5には任意のLine Out MixをS/P DIF OUT(光オーディオ出力)へルーティングできます。
S/P DIF Outの設定 ここではLine Out 7-8をS/P DIF Outに設定している
私は、UltraLite mk5のS/P DIF OutとS/P DIF Inを物理的にケーブルでループ接続しています。これによって全てのMixチャンネルにおいてS/P DIF InのチャンネルをS/P DIF Outに設定したMixチャンネルのループバックとして機能させることができます。
本来のループバック・ミックスチャンネルに加えて、異なるミックスバランスで扱える第二のループバックを追加出来る事は、PCからのストリーミングの自由度を飛躍的に向上させます。
S/P DIF物理ループバックチャンネル用に設定したLine 7-8
S/P DIF Outチャンネルミックスに物理ループバック用Mixを作成します。物理ループバックしたS/P DIF Inは本来のループバックMixチャンネルを入力として扱ってモニターミックスの自由度を飛躍させます。インターフェースのリバーブやコンプレッサー、EQをループバックMixであるS/P DIF IN全体にワンタッチでインサートする事も可能です。
Line 7-8 MixをS/P DIF Inとして扱うループバックチャンネルLine 9-10
私は楽器演奏も行います。SYNCROOM 2を使用したバンドライブやB2B DJ等をVRやYouTubeに配信する際、ループバックのMixアウトとモニタリングのPhoneアウトで自由にバランスを変更する事が可能となり、非常に便利に使用しています。
ここまで記載してきた内容はデジタルミキサーを内蔵していないインターフェースであっても、インターフェースの前段に、チャンネル用件を満たした物理的なアナログミキサーを挟めば再現可能ではあります。
しかしデスクトップオーディオのループバックを含めて考えた場合、実物のミキサーにおけるルーティングやパッチングで生じる複雑なケーブル作業をCueMix 5のクリック操作のみで簡単に行えること、Mixを6系統作成できること、そしてそれがインターフェース1台で賄える事はデジタルライブストリーミング全盛の時代において非常に便利であり、有利です。
MOTU Ultralite mk5はその便利さに加え、プロオーディオ業界御用達の音質性能と安定度も持っています。
デジタルミキサー内蔵のオーディオインターフェースは他にも在りますが、操作用アプリがハードウェアと比較して古い設計のソフトウェアが使用され続ける中でCueMix 5は、UltraLite mk5や828などの最新機種に合わせた新設計となっており、自由度の高いルーティングと明快で操作しやすいユーザーインターフェースを実現している点も素晴らしいと感じています。
シンプルタイプのオーディオインターフェースと比較すれば値は張りますが、UltraLite mk5とCueMix 5の同等機能やルーティングを実現するには、オーディオインターフェースとは別に10in 10out、2monitor、2FXのアナログミキサー等と無数のパッチケーブルが必要になります。
そうした見方でもMOTU UltraLite mk5は極めてコストパフォーマンスに優れたオーディオインターフェースだと感じています。
VRDJだけではなくだけではなくPC上で音楽や音声を扱い、ライブストリームする全てのユーザーの困りごとを一台で解決できる機種と言えるでしょう。
プロフィール
Mazzn1987(マッツンイチキュウハチナナ)
1987年生まれ。2020年よりVRChatを中心にVRDJとして活動する他、リアルイベントへのDJ出演や楽曲作成も行う。
Funk,R&B,Jazzバンドでのギタリスト経験を元に、自身がFunkyと感じる音楽で楽しく踊れるフロアを作るプレイとお洒落でスムーズな歌物ラウンジプレイを得意としている。
VRDJでは珍しいMCDJスタイルで、マイクパフォーマンスを交えたプレイに人気が有る。
PA経験を元に各種VRイベント・配信イベントでのPA・ストリーマー協力も行っている。
VRChat内に自身のディスコ型クラブワールド「ClubMZ1987」を作成、運営している。
機材環境
オーディオインターフェース :MOTU Ultralite mk5
DJ アプリケーション:Pioneer DJ (AlphaTheta) rekordbox 6.8 & 7
DJ コントローラー:Pioneer DJ DDJ-RZ
DJ PC:Microsoft Surface Laptop15 (Windows 11)
ヘッドフォン:Sennheiser HD650
マイクロフォン:TOMOCA EM700
ボーカルエフェクタ:BOSS VE-20
ストリーミングソフトウェア:OBS(Open Broadcast Software)
VRHMD:META Quest3
VRフルボディトラッカー:Uni-motion
VRPC:自作デスクトップ
(AMD Ryzen 9 5950x GeForce RTX4090 Memory 64GB Windows 10)