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1.楽譜をスキャンすることで、紙の楽譜の電子ファイル化を効率的に
楽譜を瞬時に移調したり、楽器編成や楽曲構成を簡単に変えることができるのは、紙の楽譜にはない、楽譜作成ソフトウェアで電子ファイル化した楽譜が持つ大きなメリットの一つです。
現在、世界的に使用されている主な楽譜作成ソフトウェアとしては、Sibelius、Dorico、開発および販売が終了したものの現時点ではまだ現役のFinale、そして無料版のMuseScoreの4製品があります。
紙の楽譜を電子ファイル化するには、基本的にはそれぞれのソフトウェアでゼロから手作業で入力することとなりますが、中にはこの手間を省くためのスキャン機能を搭載した楽譜作成ソフトウェアもあります。
Finaleには過去にスキャン機能が搭載されていましたが、これは2016年発売のFinale v25で廃止となり、DoricoやMuseScoreにはスキャン機能が元々搭載されていないことから、現在、スキャン機能が搭載されている楽譜作成ソフトウェアは、上記の4製品の中ではSibeliusのみとなっています。
従って、FinaleやDorico、MuseScoreのユーザーは、スキャン機能を使って紙の楽譜を電子ファイル化したい場合、スキャン専用のソフトウェアを別途導入する必要があります。その選択肢は幾つかありますが、今回ご紹介するPhotoScore & NotateMe Ultimate(以下、PhotoScore)は、性能、価格、サポートといった様々な観点から有力な選択肢の一つです。
PhotoScore & NotateMe Ultimateの基本操作画面
2.Sibeliusと関係が深いPhotoScore
PhotoScoreは、英国Neuratron社が開発する楽譜スキャニング・ソフトウェアです。その最初期モデルは1998年後半にSibeliusにバンドルされたプラグインとして登場し、その後、1999年にWindows向け、翌2000年にMac向けの完全版がリリースされました。
開発当初からSibeliusとの関係は深く、現時点での最新版であるPhotoScore & NotateMe Ultimate 2020にも「Send to Sibelius」というSibeliusへの直接エクスポート機能があったり、インポート後の修正を行うためのツールボックスの外観や機能がSibeliusのテンキーとほぼ同じであったりと、Sibeliusとの親和性は特に高いと言えます。
PhotoScoreはSibeliusへの直接エクスポート機能「Send to Sibelius」を持つ
実のところ、先に述べたSibeliusに搭載されているスキャン機能というのは、同製品の簡易バージョンであるPhotoScore Firstです。これについては、2025年5月にミュージック・テック・ソリューションズのブログにてその詳細をご紹介しています。
▼Sibeliusに付属のPhotoScore Firstによるスキャン入力
https://www.music-tech-solutions.co.jp/post/sibelius_photoscore
Sibeliusとのこの親和性の高さから、SibeliusにバンドルされたLiteバージョンであるPhotoScore Firstの機能制限を超えて本格的にスキャン機能を使いたいSibeliusユーザーにとっては、PhotoScoreは追加購入に際して最初に検討すべき選択肢かと思います。
SibeliusにはPhotoScoreのLiteバージョンであるPhotoScore Firstがバンドルされている
もちろんPhotoScoreは楽譜作成ソフトウェアの共通ファイル保存形式であるMusicXMLでのエクスポート機能も備えているため、PhotoScoreでスキャンしたファイルは、楽譜作成ソフトウェアに引き継いで編集することが可能です。なので、DoricoやFinale、MuseScoreのユーザーにとってもPhotoScoreは追加購入にあたっての有力な選択肢の一つです。
「Save MusicXML」でエクスポートしたファイルを、Dorico等で使用可能
なお、名称に含まれるNotateMeというのは同社が開発し2013年から販売している手書き入力を実現する楽譜作成ソフトウェアで、これは当初は別製品でしたが、2015年にはPhotoScoreと統合されたPhotoScore & NotateMe Ultimate 8がリリースされ、以降この製品は2018年にUltimate 2018、2019年にUltimate 2020がリリースされ、現在に至っています。
3.過去のFinaleに搭載されていたスキャン機能における三つの問題点
前述した過去バージョンのFinaleに搭載されていたスキャン機能とは、具体的にはFinaleおよびその姉妹製品であったFinale PrintMusicのバージョン2014以前に搭載されていたSmartScore Liteというものでしたが、これはFinale本来の機能ではなく、Finaleの開発元MakeMusic社と同じく米国企業であるMusitek社が開発するSmartScoreという楽譜スキャニング・ソフトウェアのLite版でした。
Finale 2014にバンドルされていたSmartScore Lite 8
先にご紹介したミュージック・テック・ソリューションズのレビュー記事にある通り、Sibeliusに付属のPhotoScore Firstは一定水準のスキャン精度を持つ製品でしたが、SmartScore Liteについては、残念ながら使い勝手の良い機能とは言い難いものでした。
私がFinaleのサポートを担当させて頂いてきた経験から言うと、その理由は主に三つありました。
一つ目には、読み込み元のファイル形式がTIFFに限定されてきたことです。SmartScore Lite 8では一般にスキャナーから直接スキャンする場合よりも予め画像変換したファイルを読み込んだ方がエラーは少なかったのですが、その画像形式はTIFFのみで、電子ファイルの楽譜として最も広く用いられているPDFファイルを読み込むことができませんでした※。
※この点はFinale開発元MakeMusic社も認識していたようで、2016年発売のFinale v25にはPDFファイルを認識する機能が追加される予定でした。余談ですが、それを発売直近に公式ブログで公表したことが、MakeMusic社が所在する米国内において楽譜のスキャニングに対する権利論争を巻き起こし、結果としてFinaleからのスキャン機能の恒久的な削除に繋がってしまったという経緯があります。
二つ目には、SmartScore Liteはその名の通りLite版であったが故に、読み込み可能な要素が少なかったことが挙げられます。読み込み可能なのは基本的に音符と休符のみで、発想記号やアーティキュレーション、歌詞やコードシンボルなどは一切読み込めない仕様でした。
そして、三つ目にしておそらく最大の理由は、SmartScore Liteには元の楽譜が不鮮明であった場合などに発生し得るスキャン・エラーをエクスポート前に修正する機能(以下、エクスポート前の修正機能)を持たなかったため、エラーが全てそのままエクスポートされてしまっていたことかと思います。
特に、小節線が欠落してしまったり、あるいは符尾が小節線と誤認識された場合は楽譜のタイムに関する構造が崩れてしまいますが、ユーザーにとって運が悪いことに、エクスポート先であったFinaleという楽譜作成ソフトウェアはタイムの崩れを修復するのが元々あまり簡単ではない仕様であったため、結局はFinaleで最初から描き直した方が早くて楽といった場合も少なからずありました。
スキャン後にはほぼ必ず手作業による多くの修正が発生し、また一定以上の規模の楽譜では目視やプレイバックだけではスキャニング・エラーを見落としてしまう恐れもあったことを考えると、SmartScore Liteは本当に簡素なメロディ譜の読み込みにしか使えなかったというのが実情でした。
一口にLite版と言っても、Finaleの廉価版であったPrintMusicのように一定以上の機能を備えたものから、製品の使い勝手の一部を体感するためのデモ版まで、その種類はいろいろです。今から思うと、FinaleのSmartScore LiteはFinaleの機能の一つというより、あくまで有料アドオン機能のデモ版と考えた方が良かったのかも知れません。
4.有料版の楽譜スキャニング・ソフトウェアで、三つの問題全てを一気に解消
以上の問題に苦しめられて来たFinaleユーザーにとっては、PhotoScoreのような有料版の製品はまさしく救世主と言えます。有料版の製品では前述のような問題は発生しません。
(1)FinaleのSmartScore Liteでは、スキャン・エラーを修正できなかった
→ PhotoScore等の有料版の製品はスキャン・エラーをエクスポート前に補正するための機能を搭載しており、予めエラーを解消した上で精度の高いエクスポートが可能です。
(2)FinaleのSmartScore Liteでは、発想記号やアーティキュレーションなどが読み込めなかった
→ 例えばPhotoScoreもLite版には音楽記号の読み込みに関する機能制限がありますが、完全版であれば、もちろん機能制限はすべて解除されており、発想記号やアーティキュレーション、歌詞、コードシンボルなどの読み込みが可能です。
(3)FinaleのSmartScore Liteでは、PDFファイルが読み込めなかった
→ PhotoScore等の有料版の製品はPDFファイルのインポートも可能なため、ペトルッチ楽譜ライブラリー(ISMLP)を始めとしたインターネット上に多くアップロードされたPDF形式の楽譜をそのまま使用することができます。
5.楽譜スキャニング・ソフトウェアの種類
楽譜作成ソフトウェアの最上位版にFinale、Sibelius、Doricoなど複数の製品があるのと同様、楽譜スキャニング・ソフトウェアの最上位版にも、今回ご紹介するPhotoScore以外に、前述したFinaleユーザーにはお馴染みのSmartScore(もちろん完全版はLiteよりもかなり高性能)、そしてKAWAIが開発する日本国内市場向けのスコアメーカーなどがあります。
その価格は楽譜作成ソフトウェアと同じくらいで、大体40,000円〜60,000円といったところです。
| PhotoScore & NotateMe Ultimate | SmartScore Pro 64 NE | スコアメーカーZERO | |
| 動作環境 | Mac & Windows | Mac & Windows | Windowsのみ |
| エクスポート前の修正機能 | ◯ | ◯ | ◯ |
| PDFファイルのインポート機能 | ◯ | ◯ | ◯ |
| 日本語歌詞の認識 | × | × | ◯ |
| スマホ撮影画像の認識 | × | × | ◯ |
| 手書き楽譜の認識 | ◯ | × | × |
| 手書き入力機能 | ◯ | × | × |
| ボーカル音源 | × | × | ◯ |
| 記譜の詳細編集機能 | △ | ◯ | ◯ |
| 開発元 | 英国Neuratron社 | 米国Musitek Corporation社 | 株式会社河合楽器製作所 |
| 国内販売元 | 株式会社ハイ・リゾリューション | – | 株式会社河合楽器製作所 |
| 新規購入価格(税込) | 40,700円 | 399USD (約60,000円) |
永続版なし、サブスクのみ。 1年目22,880円 |
| クロスグレード版 | – | 本体199USD+DLサービス10USD=209USD (約31,500円) |
1年目16,280円 |
| 操作画面(GUI)の言語 | 英語 | 英語 | 日本語 |
| ユーザーマニュアルの言語 | 英語 | 英語 | 日本語 |
| サポート窓口の言語 | 日本語 | 英語 | 日本語 |
6.楽譜スキャニング・ソフトウェア選びのポイント
スキャニングの精度については、そもそもこれはアナログデータをデジタルデータに変換するプロセスのため、デジタルデータ同士のやりとりに比べると、どうしてもエラーの発生率は高まってしまいます。
そして、スキャン結果やエラー発生率は、製品間では大差はなく、最上位版であるこれらの製品であっても、多かれ少なかれ、ほぼ必ずエラーが発生し、何らかの修正作業は不可欠であるという点は、どの製品でも同じです。そのため、私自身の考えとしては、個々の製品のスキャニングの精度はあまり重視していません。
では製品選びのポイントは何かというと、エクスポート前の修正機能、即ちスキャン直後に発生したエラーをSibeliusやDoricoにエクスポートする前に楽譜スキャニング・ソフトウェア上で修正するための機能の使い易さかと思います。
特に拍子や小節割などタイミングに関するエラーの修復が最重要で、その点においてはどの製品も充実した修正機能を持っていますが、中でもPhotoScoreは、操作画面のナビゲーションのし易さや、要修正箇所を一覧表で管理するBad timing navigatorの搭載など、使い易さには長けていると感じました。
PhotoScoreでの修正作業は、基本的には①Bad timing navigatorの行をクリックし、中央の画面に表示された該当箇所をクリックして選択しては、②キーパッドを使って修正していくというものです。
操作は極めてシンプルなため、多くの作業はユーザーマニュアルを読むことなしに、直感的に進められるかと思います。

PhotoScoreでの修正作業は、①Bad timing navigatorの行をクリックし、中央の画面に表示された該当箇所をクリックして選択しては、②キーパッドを使って修正していく、が基本となる。
・高機能だが、操作がやや難しいSmartScore Pro 64 NE
SmartScoreの最上位版であるSmartScore Pro 64 NEもPhotoScoreと同様、世界で広く用いられているようですが、これは高機能である反面、扱いがやや難しく、また画面のナビゲーションもPhotoScoreに比べると少々扱いづらい面があります。
単体で最終成果品を作るという用途であればSmartScore Pro 64 NEは有力な選択肢ですが、楽譜スキャニング・ソフトウェアの役割はスキャニングと最小限の修正までに留め、最終的な楽譜はSibeliusやDoricoなど楽譜作成ソフトウェアで仕上げるという前提であれば、操作法を学ぶのに時間と労力が掛かるSmartScore Pro 64 NEは、その導入に多少の覚悟が必要かも知れません。
一方で、FinaleやDoricoのユーザーに対しては、ダウンロード・サービスも含めた約31,500円という特別価格が提供されている点は特筆されます。
・高機能だが、Windows版のサブスクリプション版しかないスコアメーカーZERO
KAWAIのスコアメーカーZEROについては、スマホで撮影した画像のインポートにも対応している点と、プレイバック用にボーカル音源を搭載している点が強みです。また、今回比較した製品の中では唯一、操作画面が日本語である点も比較検討のポイントとなるでしょう。
一方、サブスクリプション版しか提供されていない点、Windows版しか提供されていない点が、その導入のネックになってくるかと思われます。
特に前者に関しては、スコアメーカーZEROでスキャニングから最終的な楽譜制作までの全てを日常的に行う人ならともかく、普段はSibeliusやDoricoを使い、たまにスキャニングだけスコアメーカーZEROを使うといった人にとっては、永続版の製品よりも割高感を感じてしまうことになりそうです。
・操作が簡単で、編集機能は必要最小限なPhotoScore
PhotoScoreはクロスグレード版が提供されておらず、通常版のみとなるため価格的には40,700円と少々高めですが、元々おそらくは楽譜作成ソフトウェアと併用する前提で覚えるべき編集機能は必要最小限に留めている点※、手書き楽譜のインポート機能も搭載されている点、そして何よりもユーザーマニュアルを読む必要がないほどに操作が簡単である点が優れていると感じます。
※高価な楽譜作成ソフトウェアを追加購入したくない人には、無料の楽譜作成ソフトウェアであるMuseScoreをPhotoScoreと併用するという選択肢があります。
サポートは英語のみであるSmartScore Pro 64 NEに対して、日本国内販売代理店である株式会社ハイ・リゾリューション様から日本語のサポート受けられる点、Windows版のサブスクリプション版しかないスコアメーカーZEROに対して、Mac/Windowsハイブリッドの永続版として販売されている点も重要です。
これらの理由から、今回比較に用いた製品の中では、総合的にはPhotoScoreに軍配が上がりそうです。
次回の記事では、PhotoScoreを用いて楽譜をスキャンしエクスポートするまでの実際の流れを見ると共に、PhotoScoreならではの特徴である手書き楽譜のスキャンも試してみたいと思います。
著者紹介
小池太郎(株式会社ミュージック・テック・ソリューションズ 代表取締役)
Berklee College of Musicで映画音楽作曲とジャズベースを学ぶ。LA拠点の作曲家チームにて『バイオハザード6』等の作曲/オーケストレーション・マネジメントを担当。2014〜2022年に株式会社エムアイセブンジャパンに在籍、Finale 25,26,27日本語版ローカライズとサポート業務に携わる。2023年に株式会社ミュージック・テック・ソリューションズを設立。現在は同社にて、DoricoやSibeliusを中心に楽譜作成ソフトウェア専門の有料テクニカル・サポートやレッスンを提供している。
https://www.music-tech-solutions.co.jp/










